「製造業、きつい」「もう辞めたい」と思っているなら、それは甘えじゃない。

俺も同じことを何百回も考えた。手取り16万円、賞与は年2回で合計0.5ヶ月分、4勤2休の夜勤で体はボロボロ。27歳になっても年収は300万円台で、土日も連休もない生活。

「このままじゃマズい」と思いながら、行動できずに時間だけが過ぎていった。

結論から言う。製造業がきついのは事実だし、辞めたいと思うのは当然だ。でも、その感情を放置したまま30代を迎えると、選択肢はどんどん狭くなる。

この記事では、製造業がきついと言われる理由を7つに分解し、それぞれの原因を言語化する。

そして「辞めるべきか/続けるべきか」を判断するための材料と、今すぐできる現実的な対処法を書く。俺が年収300万円台から500万円超え、そして600万円まで上げた実体験も交えながら、過去の自分に向けて書いていく。

この記事を読み終わったとき、「自分の辛さは普通なのか/異常なのか」が判断でき、「次に何をすればいいか」が明確になる。それがこの記事のゴールだ。

Contents
  1. 製造業がきついと言われる理由7選【体験ベースで解説】
  2. このまま放置すると、30代で取り返しがつかなくなる
  3. 辞めたい20代が今すぐできる現実的な対処法5つ
  4. 俺が手取り16万・賞与0.5ヶ月から抜け出した方法
  5. もっと深く知りたい人へ

製造業がきついと言われる理由7選【体験ベースで解説】

製造業がきついと言われる理由を、俺の5年間の経験をベースに7つに分解する。

① 低賃金で将来が見えない

製造業で最もきついのは、給料の低さと将来への不安だ。俺は22歳でFラン大学を卒業し、グループ合計1000人規模の半導体系製造業に入社した。CADを使った作図・設計業務を5年間やっていたけど、手取りは月16万円、ボーナスは年2回で合計0.5ヶ月分。年収は入社3年目まで約300万円だった。

4年目に交代勤務をした年だけ月40万円になって年収400万円になったけど、それは夜勤で体を壊しながらの数字。5年働いても昇給はほとんどなく、「この先10年ここにいても、状況は変わらない」と確信した。

低賃金が続くと、結婚も家も車も、すべてが遠い世界に見える。将来への希望が持てないまま、毎日を消耗するだけになる。

② 夜勤・交代勤務で体が壊れる

交代勤務と夜勤は、想像以上に体を壊す。俺は4勤2休の勤務体制で、夜勤と日勤が入れ替わる生活を送っていた。朝起きて夜寝る生活リズムが完全に狂い、寝ても疲れが取れない。休日も寝て終わる。友人との予定も組めない。

夜勤明けの帰り道、「このまま事故って終わればいいのに」と思ったこともある。それくらい精神的にも肉体的にも限界だった。

③ 土日休みがなく、人間らしい生活ができない

4勤2休のシフト制だと、土日も連休もない。世間が休みの日に働き、平日に休む。友人や家族との時間が取れない。恋人がいても、デートの予定が合わない。「人間らしい生活」から完全に切り離された感覚だった。

年間休日は120日あったけど、それがバラバラに散らばっているだけ。連休がないから、旅行にも行けない。リフレッシュする時間もなく、ただ働いて寝るだけの日々。

④ スキルアップの限界を感じる

同じ作業の繰り返しで、スキルアップの機会がない。俺はCADを5年間使っていたけど、それが「武器」だとは思っていなかった。ただの作図作業で、新しいことを学ぶ機会もなかった。

「このまま10年ここにいても、何も変わらない」と思った。スキルアップしないまま年を重ねることへの焦りが、日に日に強くなっていった。

⑤ 仲の良い先輩が次々と辞めていく

俺が転職を決めた大きなきっかけの1つが、仲の良い先輩3人が立て続けに転職したことだ。彼らは俺より経験があって、スキルもあった。その人たちが「ここにいても先がない」と判断して辞めていった。

残された俺は「このまま残っても同じ道を辿るだけだ」と気づいた。先輩たちの退職は、「ここに未来はない」という現実を突き付けた。

⑥ 賞与が少なすぎてモチベーションが保てない

賞与が年2回で合計0.5ヶ月分。これがどれだけモチベーションを下げるか。ボーナスは「頑張ったご褒美」のはずなのに、1回で0.25ヶ月分。手取り16万円の0.25ヶ月分は、約4万円。これでは何も買えない。

同期が他業界で「ボーナス3ヶ月分出た」と聞くと、心が折れた。「自分は何のために働いているんだろう」と思った。

⑦ 人間関係のストレスと「見て覚えろ」文化

製造業には「見て覚えろ」という文化がある。マニュアルがない、先輩に聞いても「自分で考えて」と言われる。新人や若手には厳しい環境だ。

また、閉鎖的な職場環境で人間関係のストレスも大きい。同じメンバーと毎日顔を合わせるから、一度関係が悪くなると逃げ場がない。パワハラやモラハラも見過ごされやすい。

俺の場合、人間関係は比較的マシだったけど、それでも「見て覚えろ」のスタイルには最初は戸惑った。


これら7つの理由が重なると、「製造業、きつい」「辞めたい」と思うのは当然だ。そして、この感情は甘えじゃない。環境が悪いだけだ。

このまま放置すると、30代で取り返しがつかなくなる

「きつい」と思いながらも、行動せずに放置する。これが一番危険だ。俺も3年目から転職意欲はあったけど、消耗していて行動できなかった。そして5年目になって、ようやく本気で動き出した。

20代のうちに動かないと、選択肢が減る

転職市場では、20代は「ポテンシャル採用」がメインだ。未経験でも「若いから育てよう」と企業は考える。でも30代になると、「即戦力」「マネジメント経験」が求められるようになる。

20代のうちに動けば、未経験の業界や職種にもチャレンジできる可能性がある。でも30代になってから「やっぱり転職したい」と思っても、選択肢は狭くなる。

スキルが身につかないまま年を重ねる

同じ作業の繰り返しで、スキルアップの機会がないまま年を重ねる。30代になって「何もできない自分」に気づいたとき、焦りと後悔が襲ってくる。

俺はCAD実務5年の経験があったから、まだ転職できた。でも、もしスキルが何もない状態で30代を迎えていたら、転職はもっと厳しかっただろう。

給料が上がらないまま、生活が苦しくなる

手取り16万円、年収300万円台のまま30代を迎えると、生活はどんどん苦しくなる。結婚、家、車、子ども。すべてが遠い世界になる。

俺が転職したのは27歳のとき。もし35歳まで放置していたら、今の生活は絶対になかった。地方で家を建て、車2台、子ども2人、NISA月10万円。この生活は、転職したからこそ手に入れられた。

体と心が壊れる

夜勤と交代勤務を続けると、体が壊れる。そして、体が壊れると心も壊れる。30代で体を壊してから「転職しよう」と思っても、体力も気力もない。

20代のうちに動くべき理由は、ここにある。まだ体力も気力もあるうちに、環境を変える。それが人生を前に進める唯一の方法だ。

辞めたい20代が今すぐできる現実的な対処法5つ

「辞めたい」と思っているなら、今すぐできる対処法がある。いきなり退職する必要はない。在職中にできる、ノーリスクな方法から始めればいい。

① まずは「辞めたい理由」を紙に書き出す

最初にやるべきは、自分の感情を言語化すること。「製造業、きつい」「辞めたい」という漠然とした感情を、具体的な理由に分解する。

  • 給料が低い(手取り〇万円)
  • 夜勤がつらい
  • 土日休みがない
  • スキルアップできない
  • 将来が見えない

これを紙に書き出すだけで、頭の中が整理される。「自分は何に一番不満があるのか」が見えてくる。

② 転職サイトに登録して、求人を「見るだけ」でいい

次に、転職サイトに無料登録する。登録したからといって、すぐに転職する必要はない。まずは「どんな求人があるのか」を見るだけでいい。

俺は大手転職サイトに登録して、「製造×CADが活かせる」求人を探した。そして、5000人規模の東証プライム企業を偶然発見した。「こんな企業もあるのか」と知るだけで、視野が広がる。

登録に10分、求人チェックに10分。これだけで、自分の市場価値や選択肢が見えてくる。

③ スカウト機能で「自分の市場価値」を確認する

転職サイトにはスカウト機能がある。登録しておけば、企業からオファーが届く可能性がある。スカウトが届けば、「自分にもオファーが来るんだ」という自信に繋がる。

届かなくても焦る必要はない。職務経歴書を充実させて、再度登録すればいい。まずは「自分の市場価値を知る」ことが大事だ。

④ 職務経歴書を「成果ベース」で書いてみる

職務経歴書を作ってみる。最初は完璧じゃなくていい。まずは「どこで何年働いたか」「どんな業務をしたか」を箇条書きで書く。

そして、それを「成果ベース」に書き換える。例えば「CADで図面を作成」ではなく、「CADを使った設計業務で、製造ラインとの調整を通じて納期遅延を月平均3件から1件以下に削減」みたいに、具体的な成果を数字で書く。

これだけで、書類通過率が変わる可能性がある。

⑤ 「受かったら行く」スタイルで気軽に応募してみる

気になる求人があれば、「受かったら行く、落ちたら続ける」くらいの気持ちで応募してみる。在職中の転職活動は、このスタンスが一番楽だ。

俺も「受かったら考える」くらいの気持ちで応募した。応募から2ヶ月で採用が決まったけど、もし落ちていたら今の会社に残っていただけ。ノーリスクだ。

行動した結果、人生は変わる。行動しなければ、何も変わらない。まずは小さな一歩から始めればいい。

俺が手取り16万・賞与0.5ヶ月から抜け出した方法

ここからは、俺が実際にどうやって年収300万円台から500万円超え、そして600万円まで上げたのか、具体的な数字と経緯を書く。

転職前:手取り16万・賞与0.5ヶ月・年収300万円台

22歳でFラン大学を卒業し、グループ合計1000人規模の半導体系製造業に入社。CADを使った作図・設計業務を5年間やっていた。手取りは月16万円、ボーナスは年2回で合計0.5ヶ月分。年収は入社3年目まで約300万円、4年目に交代勤務をした年だけ年収400万円になった。

働き方は4勤2休で夜勤あり、土日も連休もなし。年間休日は120日あったけど、給与は低い。27歳になっても「このままじゃマズい」と思いながら、行動できずにいた。

転職を決めた3つのきっかけ

5年目に転職意欲がMAXになったのは、3つの要因が重なったからだ。

  1. 仲の良い先輩3人が立て続けに転職:「ここに未来はない」という現実を突き付けられた
  2. 低賃金とスキルアップ限界:手取り16万円、賞与0.5ヶ月、年収300万円台のまま
  3. 3年付き合った彼女と別れた:この土地に留まる理由が消えた

この3つの要因が重なって、俺は本気で転職を決めた。

転職活動:2ヶ月で採用決定

大手転職サイトで「製造×CADが活かせる」求人を探し、5000人規模の東証プライム企業を偶然発見。「受かったら行く、落ちたら続ける」スタンスで応募した。

書類選考+面接2回、応募から2ヶ月で採用が決まった。退職願を出してから引っ越し準備、引っ越し、入社まで2ヶ月以内だった。

転職後:初年度で年収500万超え

転職後の月給は約25万円と前職と同水準だったけど、ボーナスが年6ヶ月分(最低4ヶ月を維持する方針)に変わった。これで初年度の年収が500万円を超えた。

働き方は完全週休2日、年間休日130日、日勤固定。夜勤がなくなり、土日休みになり、「人間らしい生活」が戻ってきた。

現在:年収600万円、地方で家・車2台・子2人

現在35歳で、年収は600万円。転職後4ヶ月で今の妻と出会い、半年で結婚。その後、注文住宅を建てて、2児の父になった。地方で家・車2台・子ども2人・NISA月10万円でも、生活は苦しくない。

転職前の年収300万円台では、この生活は絶対に無理だった。会社を変えるだけで、ここまで選択肢が広がるのかと実感している。

転職のデメリットも隠さない

良いことばかり書いても信用されないと思うので、転職後のデメリットも書く。

  • 孤独:中途入社は同期がいない。最初の数ヶ月は孤独だった
  • 「できるよね?」の空気:中途採用は即戦力として扱われる。最初はしんどかった
  • 見て覚えろ文化:マニュアルがない、先輩に聞いても「自分で考えて」と言われる

デメリットもあるけど、それを上回るメリットがあった。最初の3ヶ月を乗り越えれば、後は楽になる。

結論:「正しい環境」に移るだけで人生は変わる

俺が学んだのは「正しい環境」に移るだけで、人生は飛躍的に前へ進むということ。自分の努力や能力が変わったわけじゃない。ただ、自分のスキルを正当に評価してくれる会社に移っただけ。

それだけで、年収も働き方も人生も変わった。環境が人を作る。これは本当だと思う。

もっと深く知りたい人へ

ここまで読んで「自分も動いてみようかな」と思った人へ。

俺が年収300万円台から500万円超え、そして600万円まで上げた具体的な手順、CAD×製造経験をどう活かしたのか、書類選考や面接で何を話したのか、転職後の最初の3ヶ月をどう乗り越えたのか。そのすべてを、こちらの記事にまとめています。

👉 【完全版】製造業×CAD経験で27歳から”年収500万超え”を実現した方法|地方からでも大手メーカーに入れた再現手順

「過去の俺」と同じように「自分には無理かも」と思っている人こそ、読んでほしい。行動した人から、人生は変わる。